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2011年1月16日日曜日

ハロウィンパロ 第4幕

第4幕

血の記憶


 夕日の落ちる温室。赤に近い日の光がガラスの桟に切り取られ、室内に歪な四角を描きだしている。切り離された闇の部分が夜が来る事を告げている。
 内と外の境目、温室の扉に凭れ掛かる様にして立つ一つの影…ルートヴィッヒはぼんやりと室内を見やっていた。床は埃一つなく清められ、雑草が抜かれてたっぷりと水を含んだ土のおかげで花々は健やかにのび、新しく置かれたテーブルクロスはしわ一つない。
 (何も問題はない———何も。)
 そう自分にいい聞かせながらもどうしようもない無力感に苛まれて、ルートヴィッヒは思わず目を閉じた。今は、何も考えたくない。


 あの日からギルベルトは姿を見せなくなった。

 寝室にも書斎にもおらず、今までならどこからともなく、メシ!といいながら近づいてきた主が姿をみせなくなって三日。ルートヴィッヒは狭い屋敷をそれでも決して主を捜そうとはしなかった。
 拒まれたのだ。それだけは分かっている。
 でもせめて最後まで彼の執事でいたくて、ルートヴィッヒはそれまでと同じように食事を作り、部屋を掃除し、菓子を焼いた。しかしここに来てから初めての一人で食べる食事は酷く味気なく、食事をする気はなくなった。何をするにも主が思い起こされ、以前は楽しかった掃除も苦痛ですらあった。
 (戻ったら、どうしようか…)
 あと二日で約束の期間は終わる。ローデリヒさんには本当に申し訳ない事をしたと思う。ここまで面倒を見てもらいながら期待に答える事は適わなくて、それどころか主の気分を害す結果になってしまった。
 (もどったら…)
 もう森の狼には戻れない。執事になる為に群で生きる道は捨てたのだ。でも、彼以外の執事にはなれない。
 もう、行く場所なんてない……

 ピィーー…っ!!

 甲高い鳴き声が響き渡る。
 慌てて鳴き声の方に目をやると夕闇の中で動く二つの黒い影が。何だろうかと目を細めるうちにそれらはあかりの中へと転がり出てきた。黒い大きな鳥に、小さな黄色いものが襲われている。もう小さな方には力がないのか鳴き声をあげるばかりだが、黒い鳥はまるで遊んでいるかのように嘴で突いては転がして追いかける。
 普段なら手を出したりしない。残酷なようだがそれも自然の摂理だ。でもこのときばかりは違った。
 (あれは……っ!?)
 それはあのときの小鳥だった。主に懐いていたあの小鳥だと、人狼であるルートヴィッヒの嗅覚が間違いないと告げていた。考える前に身体が動き黒い鳥を追い払う。黒い鳥は恨めしそうに一声鳴くと飛び去っていった。
 助からない、と手に抱いた小鳥を見てルートヴィッヒは思った。酷い傷だ。助からないし助けられない…自分には。でも吸血鬼である主なら助けられる。彼の眷属という形で。

 契約とはまた違う、眷属とは血を分けあたえ使役する一族となる事。ただしその血の力が及ぶ生き物でなくてはならず、人や人狼には効果はない。でもこの小鳥なら。

 そこまで考えたルートヴィッヒは、小鳥を両手で包み込みながら今まで敢えて探そうとしなかった主の気配を必死で探しだした。そして捉えた僅かな気配を頼りに走り出す。温室の扉を乱暴に開けると廊下を駆け抜ける。
 何故こんなにも必死になっているのか、とルートヴィッヒの冷静な部分が囁いた。主の意に反してその姿を探し、仕える館内を駆け回るなど執事として失格だ。

 (いいさ、どうせもうおしまいだ)

 辿り着いたのはあの扉だった。ギルベルトが書庫だと言っていた、この館で唯一の鍵のかかった部屋。
 ルートヴィッヒは扉の前で一つ大きく深呼吸をしてドアノブに手を伸ばす。
 

 ガチャ
 
 (開いた…)
 あのときは固くルートヴィッヒを拒んだ扉が労せず開く。その扉の向こうは下へと向かう階段が続いていた。一階分も降りないほどの何段かの石の階段、そしてその先には先の扉よりは少々質素な扉がもう一つ。そちらの扉は既に開いており、中のあかりがわずかに溢れている。
 階段を下り二つ目の扉を開けると、まずツンとした古い紙のにおいが鼻を突いた。ローデリヒの屋敷にもあった本の保管室を思いだす。最もそこにあったのは主に楽譜ばかりであったが。
 部屋は薄暗かったが、人狼であるルートヴィッヒには十分な明るさだ。二、三度瞬きをして目を慣らすと…
 
 (……!?)
 
 本、本、本…。部屋の中は見渡す限り本だらけだった。どの壁も本棚で覆い尽くされており、正確な部屋の間取りを知る事も出来ない。
 (いくら書庫と言っても…これは…)
 決して広いとは言えない、しかも窓もない地下室の中が本で埋まっている様子は、圧倒されるがそれ以上に異様だ。
 何冊かの背表紙に目を走らせる。古い言葉なのかうまく読み取れないが、吸血鬼、伝承、歴史、人狼、神話…そういった単語ばかりの様に思える。歴史の研究でもしているのだろうか。
 ふぅ、と、吐息のもれる気配。
 追って一歩中に踏み込むと、扉からは本棚の影で死角になっていた場所に机があるのが見えた。この部屋の唯一の光源であるランプもその上に置かれている。そしてその向こうには机にうつ伏せた主が。
 随所に積まれた本を蹴飛ばさないように気をつけながら、ルートヴィッヒは机へと歩み寄った。

 「…ギルベルト様」
 以前のように兄と呼ぶのは躊躇われた。かといって執事であることを放棄してしまったからには主人とも呼べず、ルートヴィッヒは初めて彼の名前を口にした。恐る恐るかけられた言葉にギルベルトがうつ伏せたまま顔だけをルートヴィッヒにむけ、ゆっくりと瞳を開いた。
 絡み合う視線。ランプの灯に照らされ揺らめく紅い瞳に責められてるような気がして、ルートヴィッヒは目を逸らすと手に抱いていたものを彼の方へと差し出して慌てて口を開いた。
 「あの、お邪魔をしてしまい申し訳ありません。ただこの小鳥が、酷い怪我をして、その…助けて、欲しくて…」
 言葉にすると改めて出過ぎたことをしているということを感じ、その語尾は間違いに気付いた子どものように小さくなった。
 一体自分は何をしている。彼に何を望んでいるのか。彼がこの鳥を助けないであろうことは分かっていたのに。あるいは自分に重ねていたのかも知れない。彼を慕ってここまで来た。応じてもらえると心のどこかで信じていたのだ。でも駄目だった。せめてこの小鳥が助かれば自分も救われるような気がして、だから…
 「ルッツ」
 ギルベルトの声が詮無いルートヴィッヒの思考を遮る。弾かれたように顔を上げたルートヴィッヒをぼんやりと眺めながら、ギルベルトは口を開いた。


 「…なぁ、何故俺たちは契約をするんだ。一体誰がそんなこと始めたんだ。」

 それは問いかけの形をとってはいたが、まるで独り言のようだった。ルートヴィッヒが何か言うべきかと躊躇している間にギルベルトは身体を起こし、彼の手から小鳥を受け取った。白い指先が労るようにその身体を撫でる。
 「俺にはどうしても分からない。ずっとずっと考えてるのに、どうしても。」
 そんなことは当然で、当たり前のことだ。吸血鬼と人狼は契約をし、吸血鬼は共に生きその身を守る伴侶を得、人狼は長い寿命と仕えるべき主を得る。それは遥か昔から続く不文律で、その理由を問うたことなどなかった。
 ギルベルトの顔に嫌な笑みが浮かぶ。
 「契約したからって全ての狼が大事に扱われる訳じゃない。俺は『知って』いる。戦乱の時代ではお前達は正に都合のいい盾だった。契約さえ為されてしまえば俺たちはいくら傷を負ってもいい…お前達が代わりに受けてくれるからな。死なないようにだけ気をつけられる存在、それが人狼だった。…お前達には地獄のようなものだろ?永遠に痛みを負う為だけに生き延びさせられるんだ。」
 まるで今そこに、苦しむ人狼がいるかのように、ギルベルトは眉を寄せると虚空を見つめた。

 ーーーあるいは本当に見えているのかもしれない。

 『血の記憶』、吸血鬼が血によって受け継ぐ記憶。本来ならば知りうるはずのない昔のことを、まるで体験したかのように記憶としてもつことが出来る。しかしその記憶の個体差は大きく、何百年も前のことも鮮明に思い出せるものもいれば、自分の生まれる前のことは全く分からないというものもいる。記憶の連続性も不規則で、瞬間の記憶だったり一人の人生を網羅する記憶だったりする。
 ギルベルトは彼のいう戦乱の時代、戦いの道具として人狼を用いた時代を『視て』いるのだろうか…彼の血を通して。

 何も言えず立ち尽くすルートヴィッヒに再び視線を戻すと、ギルベルトはまるで眩い日なたを見るかのようにその目を細めた。
 「お前は、自由だ。」
 「…?」
 「こいつも。」
 こいつとはその手の中の小鳥を指しているのだろうか。ギルベルトはその子を受け取りはしたものの、その命を長らえること…彼の眷属にする気配はない。相変わらずその手の中に抱き、その身体を優しく撫でるのみだ。
 ギルベルトはそうだというかのように目線を小鳥に落とす。
 「こいつにとっては生き延びることが幸せだとは限らねぇだろう?僕にして、でもそれを望まなかったとしてどうすればそれが分かる。眷属にとってその主は絶対だ。そうなってからではもう何が本当かなんて俺には知ることは出来ない。俺がこいつを好きだと思っていたとしても、そんなのは一方的な感情だ。
 …だったら、自然のままこいつらを死なせてやった方がいいに決まってる。」
 どこか自分に言い聞かせるように断言したギルベルトは、とっさに違うといおうとしたルートヴィッヒを遮って、その深紅の眼差しで人狼を睨みつけた。その強い眼差しにどうしようもない憤りと絶望にも似た哀しみの深淵を覗いたような気がしてルートヴィッヒは口を噤んだ。
 ギルベルトは険しい目つきのまま、一瞬逡巡したかのように口を開いては閉じる。数秒の間、何かに耐えるように黙っていたが、軽く息をすうとその吐息を吐き出す勢いで話しだした。
 「人狼、お前もそうだ。お前達はもっと自由に生きられる。
  俺達のように日の光に焼かれもせず、人に狩られることもなく、月と太陽に愛されて、短くとも満ち足りた幸せな生を送ることが出来る。
  何故お前は俺なんかと契約したいと思うんだ?ローデリヒに頼まれたからか?死にかけている俺を哀れんだからか?
  …それとも」
 ギルベルトは一度言葉を切ると自虐的に嗤った。つ、とつり上がった口角が軽薄な表情を作る。
 「そんなにも永遠の命は魅力的か?」
 まるで契約がその長い寿命目的であるかのようにギルベルトがその疑問を吐き捨てた。

 その言葉が理解できると同時に、頭に血が上るのが分かった。
 目の前が真っ赤になる。

 「あ、なたは…っ!」

 立場も何もかも、もう考えられない。堰を切ったかのように思いが溢れ出してくる。

 「あんたは俺達がただ生き延びる為だけに契約をするほど愚かだと思っているのか!?俺がローデリヒさんに頼まれたから森を捨てたとでも!?そんな簡単に…契約を望んだと本気でそう思っているのか!?」

 悔しい、そして何より悲しい。
 視界にうつる、驚愕に目を開いたギルベルトの顔がぼやける。
 握りしめた手に水が落ちたのを感じて自分が泣いていると分かった。
 (馬鹿みたいだ)
 無理だろうと覚悟してきたつもりだった。でもこんな、こんなの八つ当たりだ。
 自分だって何も言わなかった。だから分かってもらえないのだって当然なのに、子どもみたいに泣いたりして。
 もう口を閉じて立ち去れ、と冷静な自分が囁いたが、どこか箍が外れてしまったのか言葉は次々と口からこぼれ落ちた。
 「俺にだって分からない。長く生きてもないし、貴方みたいに記憶がある訳でもない。だから俺達の祖先が何を思って契約を始めたのかなんて分からない。
  でもそんなことどうでもいいんだ。始まりが俺達を利用する為だったとしても構わない。
  ”俺”は契約したいと思う。
  誰に頼まれたからじゃない。貴方を哀れんだからでもない。永遠の命なんて欲しい訳じゃない。ただ…ただ、好きな人の側にいたいからだ。好きな人を守りたいし、役に立ちたい。苦しんでいるんなら変わりたいし、貴方が死ぬ時共に逝けたら、嬉しい…」
 言葉尻は堪えきれない嗚咽によって勢いをなくしていた。ルートヴィッヒはぽろぽろと落ち続ける涙を乱雑に手で拭う。言いたいことをいって少し冷静になったのか、羞恥が戻り、慌ててギルベルトから視線をそらした。

 (…いってしまった)
 『好きだ』と。

 それは最後に言おうと思っていた言葉だった。ずっといおうと思っていた。あるいはこれをいう為だけに自分は執事になったのかもしれない。あの真っ赤な手を癒す術を持たなかったから、自分にはその資格がなかったから。執事になるしか自分には思いつかなかった。そう、つまり…彼を始めて見たあの日からこうなることは決まっていたのだろう。
 そう考えると不思議と気持ちは楽になった。分かっていても避けられないことはある。それにどんな形にしろ、自分は望みを叶えたのだ。彼に会い、彼と言葉を交わし、共に時を共有し、気持ちを告げた。

 そして彼は何も言わない。それが答えだ。

 (これ以上彼を煩わせるわけにはいかない。)
 だから。
 「ありがとうございました…さよなら。」

 結局彼の顔を見ることは出来なかった。
 呼ぶ声が聞こえたような気がするのは優しい幻聴。


 ルートヴィッヒは金色の風になって屋敷を走り去った。




†  †  †



 一人取り残された地下室で目を閉じる。

 浮かんでくるのは様々な彼の顔。菓子がうまいと褒めると嬉しそうに微笑んだ。テラスに行くといえば心配そうにその眉は顰められた。我が侭を言えばちょっと困った顔をしてその後で仕方ないなといわんばかりに苦笑いを浮かべて。その腕を振り払ったときは哀しみに揺れていた。そしてさっき初めて知った、怒った顔に泣いた顔。…『俺』というなんて知らなかった。
 結局何もいってやれなかった。泣いてたのに。
 好きだといわれて浮かんだのは歓喜だった。でもあんな綺麗なものを縛り付けることなんて出来ない。だからこれでいい。これでーーー
 「っ!?」
 指先に走った痛みに我に返る。滲みだす血。小さな黄色い嘴。
 もう事切れたと思っていた小鳥が最後の力でもって噛みついたのだ。
 「お前…。」
 そのつぶらな眼に、先程のルートヴィッヒの泣いていた蒼い瞳が重なって見えた。

 ーーー違う。
 
 唐突に分かった。
 契約をしなかったのはこいつらのためなんかじゃない。怖かったから、そんな言い訳をして逃げていたのだ。
 血の記憶を見て、自分にも残虐な吸血鬼の血が流れているのを知ってから、ギルベルトは自分がどうしようもなく怖かった。今は平和な時代だが、いつか再び戦乱の日が来ないとどうしていえよう。その時自分はかつての先祖のようにならないという保証はない。大切な存在が出来るたびに、まるで呪いのように記憶が脳裏をよぎった。これがお前の未来だといわんばかりに。
 暗闇に怯える小さな子どものように…ただ怖かったのだ。
 だから目をつぶって毛布に逃げ込んだ。
 差し出される優しい手をお前の為だといって振り払って、それで傷ついてるのはまるで自分だといわんばかりに哀しみに閉じこもっていた。本当に傷ついたのは優しい手の持ち主だったのに。

 きつく目をつむって、開ける。
 今は後悔をしてる場合ではない。哀しみのまま消えていこうとしている優しい『小鳥』達はまだ手の届く所にいるのだから。
 ギルベルトは指先を、小さな傷の上からその鋭い犬歯で切り裂いた。深紅の滴がこぼれ落ち、絹のブラウスを汚すがそんなことには気を留めず、その指先を膝上の小鳥の口元へと持っていった。
 「俺と」
 緊張と怖れでかすれている声が響く。
 「共に生きたいと、思ってくれるのなら…」
 嘴がわずかに開き、滴が吸い込まれる。
 小鳥の迷いのないその動きに、一体いままで自分は何を見ていたのかと苦笑を禁じ得ない。
 もはや恐れはなかった。ギルベルトは契約の言葉を紡ぐ。知識としては知っていた、だが初めて声に出すその言葉。

 「血の眷属となりその身を捧げよ。」


 その声はもうかすれてはいなかった。





†  †  †

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