1 めざめのときはいつもせかいがまぶしくて
眩しい。
せっかくいい気持ちで眠っていたのに、眩しくてとても寝ていられそうもない。昨晩カーテンをひくのを忘れたのだろうか。
目をつぶったままそこまで考えて、全く昨日のことが思い出せないのに気が付いた。はて、酒でも飲み過ぎて忘れてしまったのだろうか?俺はそんなに酒に弱かっただろうか?昨日酒を飲んだかさえ思い出せない。
どこで飲んだのか、どうやって帰ってきたのか。その前に仕事はいつ終わった?昨日は休みか?
…待てよ。仕事?仕事などしていただろうか。勤務先も同僚も何一つ浮かんでこない。では学生だったか?学生…俺が?
いや、そもそも…”俺”とは誰だ?
自分のことが分からない。そう自覚したとたん胸中で一気に不安が膨れ上がった。
俺は誰だ?
ここはどこだ?
この状況は?
なんとか耐えようとシーツをきつく握る。
目を開けるのが怖い。目を開けたら地獄のような場所だったら…
「おはようございます。」
静かな声に思わず目を開ける。そこは少なくとも地獄ではないようだった。ベットサイドの窓からは朝日が差し込み、レース越しの優しい日差しが室内に満ちている。寝ていたベットはなぜか大きめのキングサイズ。清潔で手触りのいいシーツに包まれていた。寝室なのだろうか、こじんまりとしているがきちんと掃除が行き届いている。
声のした方へ目を向けるとそこには小さなテーブルと1脚の椅子があり、椅子の上に東洋のものとおぼしきビスクドールが置かれていた。なぜか少女ではなく少年をかたどったそれは10歳ほどの子どもの等身大の大きさだった。洋服こそ質素ではあったが、その完成度の高さから一目で高価なものと知れる。白い陶器の肌と漆黒の髪、茶色い瞳は硝子とは思えないほどよく出来ていて今にも動き出しそうだ。
そのまま見蕩れるようにして見続けていると、人形は逆光になるため眩しかったのだろうか、一度瞬きをするとまっすぐに俺を見た。
…まばたき?
「おはようございます。気分はいかがですか」
一言言葉を発すると、まるで魔法のように人形に生気が宿った。陶器と思われた肌は瑞々しく潤いをおび、頬には朱がさす。そうなればもう何故先程人形などと思ったのか分からない。そこには可愛らしい少年がいるだけだ。
返事をしない自分が怖がっているとでも思ったのだろうか、少年は優しい笑みを浮かべてゆっくりと言葉を重ねた。
「大丈夫ですよ、何も心配することはありません。私は貴方の家族です。聞きたいことがあったら何でも聞いて下さいね。」
その言葉でやっと自分の状態を思い出した。
今少年は家族といっただろうか?では俺は東洋人だったか?しかし視界の端にうつる髪の色は金色だ。
「…おれはだれだ?」
思わず呟いた疑問は知らない声となり自分の口からこぼれ落ちた。全く聞き覚えのない、成人男性の声。長らく喋ってなかったかのように少しかすれている。
俺が自分の声にすら驚いている間に少年はベットサイドへと歩み寄ってきた。不安を与えないようにだろうか、俺から一番離れた隅にそっと腰掛ける。手に何か丸いものを持っている。
「貴方の名前はルートヴィッヒ。国籍は独逸で年は先月26になりました。…ご覧になりますか?」
そういって少年は手に持った丸いものを差し出す。思わず受け取るとそれは鏡だった。
何故独逸人である自分と明らかに東洋系の顔をした少年が家族なのか、少年は何者なのか、疑問は尽きなかったがそれは全て鏡の前に消える。
当然のように俺は自分の顔も分からなかった。どんな顔をしているのだろう。忘れてしまいたいほど醜いのだろうか。酷い傷跡でもあるのか…。
好奇心と不安、そしてどうしようもない焦燥に駆られて俺は小さな鏡を覗き込む。
(これが…)
そこにあったのは金髪碧眼の一般的な若い独逸人の顔で、恐れていたほど醜くはなく酷い傷もなかった。しかし見覚えはない。これが俺の顔なのか?
問いかけるように少年を見つめると彼はゆっくりと頷いた。俺は再び鏡の中の見知らぬ顔に目を戻す。
この顔が俺の顔。そして名前はルートヴィッヒ。
じっと鏡を見続ける俺に少年が再び声をかける。
「貴方はある事故で脳に損傷を負いました。記憶がないのはその所為です。」
† † †
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