俺、ダンスのことなんて何も知らないから(保身←
どんなのでも許せる方だけどうぞ
カツ、カツ、と足音を響かせてひとりの青年が螺旋状になった階段を下りてくる。
蒼い目に金色の髪をした青年は漆黒のスーツを身にまとい、胸元にはやや大振りなクロスと古風なクラバットが着けられている。
その手に携えた蝋燭は揺らめき、狭い階段を頼りなく映し出す。
しかし青年は不安定な足下に構う様子もみせず、どこか焦りさえ感じられる足取りで階下へと向かっていた。
階段を下りきると正面に大きな両開きの扉が現れる。
細かな細工の施されたそれを、青年はどこか緊張した面持ちでゆっくりと開け放った。
扉の向こうは小さなホールのようだった。ドーム状になった天井には絢爛とは言いがたいが上品で暖かみのあるシャンデリアが吊るされており、ホールを明るく照らし出している。
そこには先客がいた。
深紅の瞳に鈍い銀色の髪をした青年。純白のテールコートを身にまとい、口元に微笑を浮かべ、まるで先の青年が来るのを待っていたかのようにホールの中央で扉の方を見つめていた。その胸元には揃いのクロスが誇らしげに着けられている。
金髪の青年はその姿を認めると声にならない吐息をこぼし、ほんの少し微笑んだようだった。決して視線を外さないまま扉の脇に置かれたチェストに蝋燭を置き、銀髪の青年に駆け寄る。
ほんのあと一歩ほどの距離を残し二人は向かい合った。
見つめあうその二人の周りだけ、空気が変わったかのようだった。
やがてどちらからともなく手を伸ばす。金髪の青年の右手と銀髪の青年の左手が組まれ、もう片方の手は相手の肩と腰に添えられる、いわゆるダンスのホールドだ。銀髪の青年は女役となった金髪に伺うような視線を送るが、返ってきたのは僅かな苦笑のみ。
何かを待つように、二人はそのまま動こうとしない。
短いとは言えない間を置いて、二人は不意に踊り出した。
音楽はない。無音の中、ホールに二人がステップを刻む足音だけが響き渡る。
男同士、しかも僅かとはいえ背が高く体格もいい男の方が女役という滑稽な組み合わせにも関わらず、その踊りは美しかった。互いをリードしあい、まるで二人で一つのものであったかのように一寸の乱れもなく滑らかにホールの中を移動していく。
ターン、チェンジ、ウイスク…
激しいステップはない。静かにただ流れるように彼らの踊りは続く。
ターン、チェンジ、ウイスク…
幸せそうに微笑みながら、彼らはただ踊り続ける。
ターン、チェンジ、ウイ
永遠に続くのではないかとすら思われた彼らの踊りが、低い鐘の音を合図に唐突にとまった。この部屋のどこにそんな無粋なものがあったのだろうか、時計が時を知らせる鈍い音を響かせたのだ。
銀髪の青年が手をはなし、一歩相手から離れ、一つだったものは二つに戻った。
二人から幸せそうな表情は消えていた。金髪の青年は泣きそうな顔で、銀髪の青年は同様に悲しみを浮かべながらも口元だけは笑みをたたえた顔で見つめあう。
鐘の音は未だ鳴り止まない。
銀髪の青年がゆっくりと瞬きをし、ここにきて初めて口を開いた。
「 」
囁くようなその言葉は鐘の音にかき消されてしまい、聞き取れない。
しかし金髪の青年にはそれで十分だったのか、泣きそうな顔に無理矢理笑みを浮かべて頷いた。
最後の鐘の音が響き、ホールには再び沈黙が戻る。

どこにいったというのだろうか、銀髪の青年はいなくなっていた。金髪の青年だけがそこに佇んでいる。シャンデリアのあかりもいつの間にか消え、チェストに置かれた蝋燭の光だけが弱々しく彼を照らしていた。
うつむいた彼の表情をうかがい知ることは出来ない。
ふ、と短い吐息を漏らすと彼は先ほどまで銀髪の青年と組まれていた右手で、胸元のクロスに触れる。
「あぁ…俺も」
ゆらり、蝋燭の光が揺れて、彼の涙を映し出す。
「貴方を 」
かたん、小さな音をたてて、クロスが床に落ちた。
その次の瞬間には確かにそこにいたはずの金髪の青年の姿がなくなっていた。落ちたはずのクロスも消えている。
まるで何もなかったかのように、ホールには静寂が戻った。
そう、それはまるで音楽のないあの踊りも、二人の青年の存在も、何もなかったかのように。
蝋燭の火が最後にゆらりと揺れて、消えた。
BGM:志方あきこ「forgotten waltz」
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