序章
姿のない月が空へ昇った。
ただでさえ暗い夜の森だが、新月である今夜は一層その闇の度合いを増している。
そんな深い森の中に、ぽつんと屋敷が建っていた。
ゴシック式の小さな城ともいえるそれは、壮大だが華美ではなく、むしろ質素ともいえる佇まいだ。典型的な貴族の別荘、といった所だろうか。
その屋敷の一室で窓の外を眺めるものがいた。
のそり、とそれは巨大な体躯を起こし窓際まで歩くと、見えるはずのない月を見上げた。
うっすらと浮かび上がるそのシルエットは犬のようだが、それにしては大きさが異常だ。鼻先から尾の先までの長さはゆうに成人男性の身長を凌駕するほど。まるで子牛か熊のようだ。
犬であるはずはないーーーそれは人狼だ。月の力のない新月では力が衰え、人型を保てずに獣の姿になっているのだ。
その狼は何事か思案しているようだった。
(期限は次の新月まで、月の一巡りだけ)
『彼』はこの屋敷の主人の言葉を思い出していた。
契約を拒み他者を寄せ付けない『あの人』に、無理矢理取り付けてくれた約束の期間。主人はあまりに短い猶予に申し訳なさそうにしていたが、会う事も叶わなかった今までを考えればそれは十分すぎるほどだ。
(契約がなされないのならば、長引くのはむしろ辛い…)
考えれば考えるほど捕われそうになる暗い思考を振り払うように、『彼』は身体を翻し窓際から離れた。質素だがしっかりとした作りの寝台に身を横たえる。
(明日になればあの人に会えるのだから)
そう考えると現金なもので、先程までの暗い気持ちは一掃され、期待と喜びが胸にあふれてくる。
『彼』はその幸せな気分に身を任せたまま眠りについた。
† † †
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