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2011年4月18日月曜日

やさしいひかりにつつまれる

箱庭の幸せ4




 外は寒く、未だ冬の気配に溢れていたが、そこかしらに春の兆しをみせていた。木々はつぼみを携え芽吹きの時を今か今かと待ち構えており、何処からか控え目な鳥達の鳴き声が聞こえている。

 俺達はアパートから少し歩いた所にある公園に来ていた。出掛ける前に、お前は身体が弱いんだから、と言われ着せられた厚手のコートは着心地がよく、まるであつらえたかのようにぴったりだった。キクが選んでくれたらしい。
 そういえばキクに聞いた日付はいつであったあろうか。
 起きてから色々と教わった時に聞いた気がするのだが、よく思い出せない。ただ冬とも春とも取れるその日付に、何の感慨もわかなかったのを覚えている。それにどうせ忘れてしまうなら日付など特に意味がないように思えた。
 だが実際自分の足で外に出て肌で感じれば、それは実感として何かしらの感情を呼び起こす。

 「もうすぐ春なんだな。」
 「あぁ、やっと暖かくなる。今はまださみぃけどな。」

 ふとギルが立ち止まり空を見上げた。頭上にある枝を指差して俺の方を振り向く。

 「これ、サクラっていうんだ。キクの国の有名な花らしい。」

 彼は再び上を見上げると、市がキクの国のどこかと友好関係を結んだ記念にこの木が昨年植えられたことや、淡いピンク色の花が咲くのだということを俺に話した。確かにその木の根元は周囲の木のそれに比べて定着しておらず、周りに同じものは見当たらなかった。小さなプレートがつけられ何か書かれていたが読めない。キクの国の言葉なのかもしれない。

 「…きっと綺麗なんだろうな。」

 本当は聞きたかった。俺は去年その花を見たのだろうか、この話を聞くのは何度目なのか。…違う、そうではない。俺が忘れているのではなく初めて知ることなのではないか、問いつめて確認したかった。
 でもそんなこと聞いた所で一体どうなるというのだろう。目覚めの記憶がもはや朧げだ。彼らの話を疑うまでもない、俺は本当に忘れるのだ。どうしようもない絶望感と諦め。だから聞くのを止めた。何度も同じことを聞かれたって彼だって困ってしまうだろう。
 そんな思考が顔に出てしまっていたのだろうか、ギルはいつの間にか話すのを止め俺の顔を心配げに見つめていた。
 とっさに謝ろうとした。こんな俺の面倒をみさせてしまっていることに、心配させていることに、色んな意味で。でも、申し訳ないと思うことはかえってこの優しい男を傷つけるような気がして、だから俺は彼に大丈夫と伝える為に笑いかけた。

 「まだ蕾が堅そうだから、咲くのは少し先だな。」
 「あぁ…来月になると思う。」
 「そうか。楽しみだな。」

 俺がそう言うと、ギルは少し目を見開いて俺から目を逸らした。そうだな、と小さな呟きが背中越しに返される。
 揺れた視線が慌てた様子で辺りを見渡した。

 「この時期は…ほらこいつは咲いてる。」

 彼が指し示した先には黄色い花が咲いていた。背の低い木の枝々に、細やかな花冠が溢れんばかりに咲き乱れている。そこだけ冬を切り裂いたかのように鮮やかな色だ。




 「Golden Bellsか。」
 「正に黄金って感じだよな。俺の好きな花だ。こいつが咲くともう冬も終わるんだなってほっとするし、それに…」
 「?」
 「お前の色だ。」

 だから好き、と続けられたギルの声はアパートで聞いた声と同じで、それに安堵を感じる。彼に笑っていて欲しい、幸せであって欲しい、そう思う自分がそこにいた。

 人通りの少ない公園を並んで歩く。日が傾いてきた公園には少しづつ冷気が忍び込んできた。そろそろ帰るか、という彼の言葉で俺達は帰路についた。
 置かれた荷物を避けようとして寄った拍子にふと手が当たる。とっさに避けようとした俺の手を、彼の手がそっと握る。吃驚してギルを見ると、そこにははにかんだような笑顔の彼がいて、ちょっと混乱する。

 確かに俺達は恋人だったのかもしれない。俺がこうなる前は。そのころならこうやって手をつなぐのだって不自然ではなかっただろう。でも今の俺はそんなこと覚えていない。彼と手を繋ぐのは嫌ではないが、はたして俺にそんな資格があるのだろうか。
 だけど俺はその手を振りほどいたりはしなかった。振れた手がその笑顔とは裏腹に震えていたから、だから俺はとっさにきつく握り返した。

 「来月も俺にサクラを教えてくれ。きっと俺は忘れてしまうけど、知りたいんだ。」
 「…何度でも、毎日でもお前に言うよ、約束する。
  でも忘れるなんて言うな。お前はきっとよくなる。本当だ。だんだん良くなってきているんだから、絶対に良くなるに決まってる。」

 ギルが正面を見たまま、強い口調で俺に告げた。
 その言葉を理解すると同時に哀しい喜びが胸中に溢れた。この感情をなんと表現すればいいのだろう。俺の中に目覚めとともにあったのは諦観だった。どうせ忘れてしまうからと、その言葉を言い訳にして全ての疑問からも怖れからも、向き合わずに逃げていた。だけどこの人は違う。俺すら諦めていることを諦めずに信じているのだ。

 あぁ、俺はこの人が好きだ、と不意に分かった。

 ギルのことは大して知らない。年も国籍も家族がいるのかどうして俺なんかのことが好きなのか、何も知らない。俺は全て忘れてしまったから。でもそんなことどうでも良かった。俺はこの人が大切で愛おしい。きっと忘れる前の俺も誰より彼を愛していたに違いない。そんな不思議な確信が、俺の中のどんな思いよりも強く、まるであの黄金の花のように輝いていた。


 黄金の花に、蕾のついた枝に、手を繋いで歩く2人に、柔らかな日差しが注ぐ。その季節にしては暖かな午後がゆっくりと、だが確実に終わろうとしていた。




†  †  †
Golden Bells
和名は連翹(れんぎょう)生け垣などでよく目にするのでは?